ー『鮮烈な青、深淵な黒』アメリカー

ー『鮮烈な青、深淵な黒』アメリカー

〜観るであれ、聴くであれ、触れるであれ、感じるであれ〜

ロスアンジェルスに初めて訪れたのは1990年、ぼくのが27才の時なのでなんと25年ぶり、やはり6月頃だったと思います。
業界はまだバブルがはじける前で、海外レコーディングをみんなよくやってる頃。
なぜならその当時、東京のスタジオ、たとえば六本木にあったWAVEの上にあったSEDIC Studioを

例にとれば一日ロックアウトで約45万円。それに対し、その翌年に行かせてもらったLondon Air Studio(ジョージ・マーティンが作ったStudio)は、ピカデリーサーカスという好立地にも関わらず約25万だったことを考えると、いかに日本がその時期バブリーであったか。
メーカーも海外レコーディングをしようという気にもなりますよね。

1曲の予算は150万~200万円。それなりのプロジェクトは使っていたはずです。

la2015-06-29
それくらいレコーディングって高価なものだったんです。
だからこの時期までは本当に名作が多いでしょ?

その時のぼくは初めての海外だったので随分遅咲きなんですが、
いきなり1週間のNYレコーディング(アンソニージャクソンのベース、ゴスペル隊、ハーモニカ)を行い、その後またLAに飛ばしてもらって、ジェイ・グレイドンのGARDEN RAKE STUDIOSで主にブラスとストリングスのレコーディングを小比類巻かほるさんのレコーディングスタッフとして経験させてもらったのが
27才の時なのです。

前にも書いた気がしますけどこの時、ぼくの師匠である笹路正徳氏とNYで奇跡的に再会し、その流れでLAのGarden RakeにもぼくらのブラスREC( Jerry Heyのセクション)を見にきてくれたんです。

そしてその時のLAで、アレンジャーとして初めてクレジットされたシングル「Like A Factory」のぼくがやらせてもらったブラスアレンジを師匠が聴いてくれていたところから、ぼくのアレンジャーとしての道が始まったのだから不思議です。

だからここロスアンジェルスは自分にとって初心の地だということを思いだして、またここから新しいなにかが始まるんじゃないかと思って今ワクワクしています。

明日にはIMAGINE ONEWORLD着物プロジェクトの世界デビューということになります。

この美しい『鮮烈な青、深淵な黒』、アメリカをイメージした着物のお披露目もあります。

「アメリカ」をはじめとする三村磨紀予氏の卓越した美しい楽曲達、野武士さんの力強く体を
揺さぶる楽曲達、そしてぼくの「大地の響(うた)」も演奏してくれますが、ぼくのイメージは
やはり鮮烈な青、深淵な黒、であります。

https://www.youtube.com/watch?v=7s-uF9QHvYs 「大地の響(うた)」

観るであれ、聴くであれ、触れるであれ、感じるであれ、美しさは世界共通の言語です。

私たち日本人の美意識の高さを世界のみなさまにも知って頂くために
我々はここまでやってきたのだと思ってます。

どうぞみなさま8日間よろしくお願い申し上げます。

A-HEAD RECORDS 堤秀樹