ーすべての存在は潮流の一滴であるということー 〜311、そして『a piece of water』のきもち〜

ーすべての存在は潮流の一滴であるということー
〜311、そして『a piece of water』のきもち〜

みなさんは何の為に生まれてきたかなんて考える事はありませんか?

ぼくは古郷福岡に帰ってきたこの6年半、特に最初の4年半はずっとそんな自問自答の繰り返しでした。

だって考える時間がありすぎるんですよ^^;

今、がんを治療中の大親友も昨日311を迎え、
長〜い詩「ごめんね東北」ってのを送ってきてくれました。

オイラ身体こわしちゃってごめんね。なにもできなくて。。かあちゃんにも
なにもしてやれなかったオイラは東北のみなさんのお役に立ちたいんです。

ってことをぼくに涙でぐちょぐちょになりながら書いてくれたのがよくわかりました。

きっと彼も、オイラは何の為に生まれてきたのか今一生懸命考えてるんだと思う。

はっきり言って死ぬまでそんな事は分かんないだろ!というのが一番妥当な答えなんだろうけど、さすがにそんなに長い時間考えると少しは答えらしきものが生まれてきたりするものです。

ぼくの答えは『すべては潮流の一滴である』

偉い人も、そうでもない人も、お金持ちも、そうでもない人も、

元気な人も、病気の人も、、優しい人も、厳しい人も、

みんな「同なじ」です。

ぼくは音楽家ですから、音楽をやることでほんと辛かった事とか悔しかったこととかもちろんいろんなことがあるけれど、

でもでも嬉しかった事とか、その音楽を生み出せた事を誇りに思っている事なんかを次の時代の人に伝えていきたいなみたいなことを今のぼくは考えています。

つまり、すべての存在は、次の世代への橋渡しなんじゃないかなと。。

ぼくらが生きていく中でどんな仕事(役目)をしてたって、それが成果があったとかなかったとかほんとはそんなことはたいした問題じゃなくて、ぼくらはみんな(動物とか植物とかもしかしたら地球とか宇宙とか)その潮流の一部であって、それはしかもほんの一瞬の出来事であるんだってことに勝手に気がついたというか思い込んでしまったというかwそんなことを闘病の中で結論づけていきました。

逆を言えばそんな一瞬の奇跡の様に尊い命が今ここにあるということですよね。

みんな死んでしまえば跡形もないんだけど、かといって後から沸々と人の心にというか、大地のどこかに陽炎のようにたちのぼるようなものなんじゃないか、とかね。

たぶんぼくの親友も今そんなことをいっぱい考えていて、そしてその成果はまた彼がこの山をきっちり越えて戻ってきた時に前以上の純度で発揮されると思っているからほんと愉しみに待ってます。

ぼくも4年前の311の時は憶えてるけど身体がまだ全然駄目でひとりで震災にあっているような気分だったから何も出来なかったけど、オイラ君が帰ってきたら一緒に東北に行ってみようかな〜なんて考えてます。

あ、、そう考えると東京で創ったa-head Recordsの最初のCD『a piece of water』は、今のぼくのこころをまんざら?予知してたのかもしれませんね。

A-HEAD RECORDS 堤秀樹

写真は小1の頃の娘の手です^^


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