知の移転プロジェクト VOL 002 鈴木トオル ボーカルワークショップを開催しました。

7月6日に鈴木トオル氏によるボーカルワークショップを盛況のうちに終えることができました。皆様に支えられて「知の移転プロジェクト」が実現していることを思うと感謝で胸が一杯です。

今回のワークショップはセミナー形式でボーカルとしての考えや在り方を鈴木氏にお伝えしてもらったあと、スタジオの中でボーカルのレコーディングセッションを直接体験してもらおうという内容でした。

私はボーカリストではないので、専門的な見方はできませんが、撮影班としてレンズを通して得た数多くの学びの中から特に強く印象に残っていることを、少し長くなりますが記録しておきたいと思います。

 

== 運のめぐりと、その運をつかむために ==

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「僕はもともとギタリストだったんです。ボーカルをやるなんて思ってもみませんでした。」

85年にテレビ音楽番組でおよそ半年にわたってトップテンに入っていたロックバンドLOOK の「シャイニン・オン 君が哀しい」。鈴木トオル氏がリードボーカルとしてデビューした曲ですが、実はこの曲を歌ったのは本当に偶然。レコーディングが終わりに近づくまで鈴木氏はボーカリストではなくギタリストでした。

鈴木氏は10代の頃に音楽を志しましたが、バンドでセッションををやろうと思ってもドラムがいなかったりボーカルがいなかったりで、バンドのメンバーが全て揃う機会に恵まれませんでした。揃わないなら、揃わない楽器を自分でやろう!、ということでボーカルを含め、様々な楽器を練習していたそうです。

LOOKのギタリストとしてデビューが決まった時、当時のボーカルの方が書いた「シャイニン・オン 君が哀しい」を休憩中に鈴木氏がピアノを弾きながら口ずさんだ時、偶然当時のプロデューサがその声に注目して、急きょりードボーカルに指名されたそうです。その結果、全国が鈴木氏の歌声を聴くことになりました。これは、この時点で鈴木氏のボーカル能力がある程度開発されていたからこそ起こった奇跡だと思います。

やらないための理由はどれだけでも見つけられます。特にバンド活動では「あの楽器ができる人がいなかったので」、もしくは「あの人が辞めたので」、次第に活動しなくなった、という話はごろごろ転がってます。でも鈴木氏は止むに止まれぬほどの音楽に対する情熱があったのでしょう。バンドとして作品を作りたかった。必要であればボーカルを演じることができるように練習していました。

だからこそ、レコーディングの日にその運がめぐってきた時、鈴木氏はその運をつかむことができたのです。もしかすると彼はギタリストとして大成していたのかもしれないし、音楽をやってなくても、何かで成功していたのかもしれない。しかし、運というのはそんなにどこにでも転がっているものではありません。またどんな運がやってくるかを人間は正確に予測することができません。つまり、特定の運に対して計画的に正確な準備ができないということです。結局、与えられた環境の中で自分がやりたいことを一生懸命やることしかできない。そして、やる人はただやる。やらない人はどれだけでも理由を見つけてやらない。行動することの重要性を強く感じました。

 

== 才能の増強と維持 ==

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鈴木氏の声はハスキーなハイトーンでとても特徴があります。声質は先天的な影響が大きいと言われ、努力で希望の声に変化させることは難しいですね。でも、彼のハスキーな声は後天的に作られたそうです。まだ3歳のころ泣きすぎて長期間声がでなくなり、咽喉科に通い詰めて2年後にやっと声が出るようになったと思ったら、もうすでにあの声だった、というエピソードを聞かせていただきました。

鈴木氏の外観を注意深く観察してみると全体的にはとても華奢なのですが、首だけが異様に太いことに気が付きます。しかも声帯周りだけが太いのです。

スポーツにおけるビギナーと達人の違いの一つは筋肉の付き方です。オリンピックなどを見て見ると、選手たちは種目ごとに特徴ある体型をしています。競技で勝ち抜くためにはその競技のための最適な筋肉をつけ、その他の筋肉に関しては、競技筋肉をバランスよくサポートする程度しかつけません。

ボディビルで鍛えた筋肉は、ボディビル以外の競技にとって邪魔になるように、鈴木氏も歌うこと以外のトレーニングはほとんどしないそうです。またボーカルのための様々なな飲料商品があるそうですが、鈴木氏は水しか飲まないそうです。

出したい声があればそのための筋肉を鍛えないといけない。ウィスパーとハイトーンでは使う声帯筋が違うらしいのです。それぞれの筋肉を反復練習で鍛えていかないといけません。

また、声は長く使わなくとでなくなるそうです。半年使わなかったらまた使えるようになるまでかなり時間がかかるということです。鈴木氏は年に130本ものライブをこなすので、それは問題ないのだと思いますが、ピアノの弦に調律が必要なように、ボーカルにもメンテナンスが必要だということでした。

ライブが数本続いた後、帰京したら小さなスタジオで自分の声の状態を一つ一つ確認し、必要であれば「調声」するそうです。

意識すればパーフェクトに近い作業ができるプロ中のプロでさえも、誤差の発生を正常に戻す調整作業が必要であれば、もともと大きくぶれてる凡才な自分は、(もちろん声はぶれてますが、それ以外のことも色々)もっと頻繁に自分を冷静に評価し、やるべきことをやってるかということを確認しないといけませんね。調整作業があるからこそ、実際の作業でのパフォーマンスが高まるのでしょう。

 

== 技術とその向こう側で ==

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「マイクは拡声器ではない。声をそのまま聴かせるツールです。だからウィスパーボイスで歌うところでも、小声で細々歌うのではなく、ガッツリ歌わないといけない。」

素人のカラオケはサビ以外のメロディは比較的いい加減に歌って、サビだけ真剣に歌う人が多いけど、サビの部分はもともと盛り上がるようにメロディができています。だから普通に歌っていても否が応でも盛り上がります。サビの前の低い部分、平歌をしっかりと歌うことは以外に難しい。しかしこの平歌部分をしっかり歌うからこそ、サビが活きてくるそうです。そしてその為にはトレーニングを積む必要があります。

ボーカル技術もあるレベルを超えれば、それ以降は正確に音程をヒットすることにこだわるよりも全体的なバランスに集中しなければいけない。そこでただ歌が上手い人と、歌が伝わる人との違いがでてくるようです。

感動的に歌う人は全てをフラット気味に、またはシャープ気味に歌う人もいますが、それでも彼らの歌は完成されている。ピッチが完全ではなくとも完成する世界があるということですね。音程のわずかな上下にも歌い手の意図があり、それが聞き手にとっても意味を成した時に、感動は伝わるのでしょう。

また同じように、ある一定のレベルに達したボーカリストが意図的にタイミングを前後しても、全体で見てグルーヴとして完成されてればそれでも良い。しかし、音程と同じように、意識的にタイミングを正確に合わせる技術を持たない人がただリズムに対して歌を前後させても、聞き苦しいだけです。

素の鈴木氏は穏やかで、とても気さくな方ですが、スタジオでマイクに向かった時の真剣さは文字通り、全身に集中力と気迫がみなぎっており、全く隙を感じませんでした。テークは1、2回で終わらせようという気持ちで臨んでいるということです。一緒に仕事をする人達にも研ぎ澄ました緊張感を与える本物の勝負師でした。