加齢と創造性

ポップアートは作者も作品の消費者も若者が担い手です。テレビや雑誌の芸術コーナーを賑わせている多くは若いアーティストです。そして年齢を重ねるごとに創作を続けるクリエイターは少なくなり、消費者も一部の芸術嗜好のある人たちを除いて加齢とともにアートへの興味を失います。

しかし芸術の歴史を振り返ると、作者の晩年に近い作品が高評価を得ています。若くして人類の宝と呼べる作品を残したモーツァルトやゴッホ、ラファエロのようなアーティストもいますが、若い頃の作品が優れていたというよりも若くして死を迎えたことが若き天才達の作品として知られている理由ではないでしょうか。

img_1195940_37703325_0

富嶽三十六景で世界に名が知られている浮世絵の葛飾北斎は70代に入ってこう言ったそうです。

「己六才より物の形状を写の癖ありて半百の此より数々画図を顕すといえども七十年前画く所は実に取るに足ものなし。
七十三才にして稍 禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり。故に八十六才にしては益々進み九十才にして猶其 奥意を極め一百歳にして正に神妙ならん与欠 百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん。願くば長寿の君子予言の妄ならざるを見たまふべし」

僕みたいに「何言っとるかよくわからん」という方はこちらの現代訳で・・

「私は六歳から物の形を写す癖があり、五十のころからよく画図(えず)を発表してきたが、七十以前に描いたものは取るに足りないものばかりだった。七十三歳で鳥や獣の骨格や、草木の何たるかをいくらかわかってきた。八十歳になれば更に向上し、九十でそれらのほんとうの意味もわかり、百歳になれば妙技となろう。百十歳では一筆ごとに生きているようになるだろう。願わくば長寿の神よ、私の言葉が偽りでないことを。」

イソップ童話では「白鳥は死ぬ前に最も美しい声で歌う」という物語があります。シューベルトはこの「白鳥と主人」にちなんで「白鳥の歌」という遺作となった歌集を制作しました。それ以来、作曲家の最後の作品は「白鳥の歌」と呼ばれるようになりました。

「白鳥の歌現象」と言われる加齢と創造性との相関を説明した有名な論文が1989年に発表されています。カリフォルニア州立大学デービス校の心理学者Dean Keih Simonton博士による研究で、172人のクラシック作曲家による1919作品.を音楽研究家達に音楽美を測る7つの属性で評価させたところ、作者が死期に近づくほど高評価の作品を残していたことがわかっています。加齢とともにメロディは独創性を失いシンプルになりますが、音楽美における評価は優れていました。

脳科学においてもこの芸術力の成熟は説明されています。南カリフォルニア大の脳神経学者 Lisa Aziz-Zadeh の研究では、加齢とともに脳も他の身体部位と同じように機能低下が起こるのですが、その時言語やイメージや思考や記憶や五感を司るそれぞれの脳部位は、若い時は厳格に独立して機能するのに対し、老いて機能が低下してくると他の部位の力を借りるようになり、機能部位間の連携が良くなることがわかっています。そうすると創造性の要素の一つである「ひらめき」が起こりやすくなるそうです。故に、クリエイティビティ、つまり問題解決をし続けている脳は、晩年に向かってますますひらめきをスパークしてくるようです。このようにとらえると老いるのが楽しみになりますね。

本当に音楽が好きなたくさんのアーティスト達が人生の最後まで演奏や制作を続けることができる世界とはどうあるべきなのだろう。とりあえず80歳になっても活動を続けてる音楽家達に会って話してみたい。そして演奏を聞いてみたい、などと最近思っています。

// 参照 //
葛飾北斎:Wikipedia
Jefferey Kluger, The Art Of Living; Time Magazine Sep 23, 2013, p.40