感謝して生きるということ

ー感謝して生きるということー

3年前の今日は今いる自分の部屋で大震災のことを友達から聞いたのを憶えています。

その当時はぼくは自分に負けないように踏ん張るっている真っ最中で、みなさんよりはこのことの意味を考えられていなかったかもしれない。でも自分の体験と重ねあわせて今は考えているようにも思います。

今日ぼくの大切な友人が、日本語大賞に選ばれた、陸前高田市の当時中学3年生の少女の作品をシェアしてくれたので読ませて頂きました。

たぶんこれはその状況の片鱗でしかないのだろうけれども当時の状況を理解することが少しできたし、そして「生かしてもらった」ことへの感謝をまだ中学3年生が口にしているのに素直に驚いた。

ぼくなんかもっと長い時間をかけてやっとのことでそのことの意味に気が付くことができたのに(筈)、ひとつの大きな出来事はあっという間にそれをこんな若い子に達成させてしまいます。

それこそ強烈な負荷だったと察しますがそれでもここに書いてあるような境地にまで行き着くのは本当に素晴らしいこと。だけれども年齢を考えると少しせつなくもあります。。

ぼくの体験の中では人間が本当に自分でやっていることなんてのはほんの一握りのことで、大抵は宇宙がやってくれているという結論があります。
若いときは全部自分でやってるつもりなんですけどね。

例えば、息してること。血液が作られ流れていること。水分が重力にもかかわらず全身に循環すること。汗かくこと。体温がほぼ一定に保たれること。皮膚がどんどん古くなり同時に新しくなること。歩けること。まっすぐ立てること。もちろん五感を司る全てのこと。脳のこといいだしたら止めどもないですが。。

そのことに対する感謝がまず湧いてきます。

そして折角生かして頂いた命をちゃんと役立てて死にたいと思うようにもなります。

でもこの場合の死とはむしろポジティブな概念に変わっていて既に、生=死という図式でとらえています。だからこそこの文中に出てくる彼らは「みんな上を向いている」のだと感じました。

物事には正の部分と負の部分は必ず隣り合わせでいます。

そういう意味でこの当時中3だった長沼夏帆さんの「感謝が結んだ絆」は未来の東北の力強さを感じさせてくれる立派な文章だと思ったので是非読んで頂きたいと思いました。

https://www.nihongokentei.jp/amuse/grandprize/images/3rd/chuu_01.pdf

A-HEAD RECORDS 堤秀樹